2006年の秋
ある日、友人のヒロちゃんが突然私のもとに訪れ、照れくさそうにこう言った。「今度さあ、軽井沢に別荘を買おうと思ってるんだ」。
話を聞くと、定年まであと数年のヒロちゃんは、どうやら安住の地を探し求め、そこで静かな余生を過ごしたいらしい。
私とはかなり歳の離れたヒロちゃんであるが、思えば若いときからさまざまな趣味に没頭し、立身出世とは無縁で、まるで世捨て人のような、私にとってはとても尊敬すべき人物なのである。
さらに続けて、その別荘地の周辺は、春は山菜、秋はきのこ、川ではヤマメも釣れるし、冬はスキー場にも近く、抜群のロケーションであるなど、まるで不動産屋のセールストークそのままに延々としゃべり続けるのであった。
別荘といえば、今年の春と夏、たまたま近所の方が持っている那須の別荘にお邪魔し、そののどかな田園風景と遠くに望む雄大な山並みに感激し、いつかは那須に別荘をと夢見ていたので、少し心を揺さぶられてしまったのであった。
北軽は、浅間山、妙義山、菅平、草津白根などに囲まれ、以前車で通ったときも、明らかに野草の宝庫と思われるようなところだったで、四季折々、月に1度ほど遊びに行くのも悪くはないと、ふと思った。
ヒロちゃんは、ここ数ヶ月よい物件を探しに、足繁く北軽に通っているという。
しかし、よくよく考えてみると、ヒロちゃんの性格はどちらかというと優柔不断で、今回私のもとに訪れたのも、本人が決めかねていたからに違いない。今度、是非一緒に見に行って欲しいと懇願されてしまったのである。
そんなことから勝手に始めた北軽通信、もしかしたらこれ以上続かず、近未来通信状態になってしまうかもしれません。
2007.2.3
ついにその日がやってきた。ヒロちゃんの愛車、12年間で12万キロを走破したジムニーが早朝の上信越道を勢いよく走り抜けていく。かなり年季が入り、シートなど、ところどころほころびているのだがエンジンは快調そのもので、上り坂でも小気味よくすいすいと登ってくれる。
高速道路を降り、中軽井沢の街中を抜け、千ケ滝の辺りに来ると、かなりの残雪があった。ヒロちゃんは一時期千ケ滝でも物件を購入しようとしていたのだが、あれこれ思案した挙句、申し込みのファックスを送信するのを忘れてしまい、あえなく他人に先を越されてしまったという苦い経験があったらしく、ついでにその物件も見学することになった。そこは、道路に面した部分は平らなのだが、その先に川が流れており、しかもかなりの急斜面なので土砂崩れのおそれもありそうで何となく怖い場所であった。それに、この周辺にはかなりの別荘が建築されているので、少し散策して花を見るという感じの場所ではなかったことも気がかりである。
そんなわけで、一路北軽に向かい、お目当ての物件を見ることになった。峠を越え、道がなだらかになると、ほどなく別荘地の入口が見えてきた。入口を曲がり、メインストリートを進むとすぐ目的の場所に着いた。その物件(写真の場所)は平坦地で、かなり面積も広く、なかなかいい雰囲気の場所である。私としてはここで十分過ぎるような気がするのだが、本人はまだ考えあぐねているらしい。
ひととおり辺りを見回して、「いい場所だ」と私がいうと、ヒロちゃんは遠くを眺めながら本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。しかし、その背中には五十代の男の哀愁と孤独が漂っているのだった。
2007.4.24
あれから数ヶ月、ヒロちゃんがまた突然現れ、何と数日前に土地の売買契約をしたことをひっそりと打ち明けました。事前に有名な建築士にその土地を見てもらってから契約したということなので、かなり期待が持てそうです。
しかし、私の期待とは裏腹に、ヒロちゃんの表情は曇りがちです。ヒロちゃんの口から思わず「これでいいのだろうか」という言葉が漏れました。わかりますその気持ち。私も自宅を購入するときには、同じような気持ちになりました。
でも考えてみると、何千万円かで高級外車を購入しても、十数年後にはただ同然になってしまいますが、土地についてはその心配はまずないと思われますし、今後地価が上昇することも考えられます。ヒロちゃん頑張ってください。
というわけで、連休明けにその土地を見に行くことになりました。